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昔の紀行文には、「厚狭川を渡るに板の仮橋なり。
左に水車巡れり、厚狭市の駅はいささかにぎわしきさまなり。
銭の形なるものを軒につりて、うりぜにありとかけるなど、東海道の面影あり」
と記されている。
 

 宿場の佇まいは鴨橋を渡った向こうの東側、
写真を撮った場所から右に折れガード下から新幹線口方面に旧山陽道が繋がります。
鴨橋から厚狭駅までは鉄道駅ができて開けた町並です。
この橋を渡ったあたりが宿場町の面影を残しています。



今や新幹線も停車するようになった山陽小野田市厚狭の町。

山陽道の宿場町と鉄道駅開業で開けた新興地がそのまま商店街となり、その商店街の佇まいは風情あり、越してきて新鮮な感動をおぼえました。
 年季の入った木造の金物屋、造り酒屋の土蔵を改造した酒舗、レトロな雰囲気から昔の面影をしのぶことができます。





   
鴨橋の西側から駅までは鉄道駅開業後に開けた繁華街、昔はこの一帯は料亭街だったそうな。
■地図のこの色の一帯
寝太郎像が建つ山陽新幹線厚狭駅前、向かって左に進むと昔は厚狭の市だったという商店街



三年寝太郎伝説は全国で広まっているがここでは干拓と結びついた伝説が文献や史跡として残っているのが特徴です。
歴史を物語る薬屋さん
看板は、武田薬品前身の武田長兵衛商店時代の看板、全国的にも珍しい
この薬屋さんは商店街ではひときわ目立つたたずまい
今はもう見ることが少ない波打っている昔のガラス
昔は何屋さんだったのだろう 大きな店舗だったはず
白い柱が印象的なレトロな時計屋さん
ダイナマイト羊羹(今は営業してない) 橋の手前に道標
「左はぶ(埴生)下関 右 あつ」
ここから旧山陽道は90度右に折れ新幹線ガード下から新幹線口側、文化会館前の道から七日町を通り西に向かいます
気さくな店主、商店街の眼鏡屋さん駅から5分、待ち時間に訪ねてみたい本屋さん
鴨橋
橋から東方面は旧街道にあたる、宿場町らしく白壁の建物も残る。
橋から西の厚狭駅方面の景色、昔は料亭街だったという面影は残っている
橋の東側が山陽道、厚狭市(いち)として開けた所で、鉄道開通後、駅前からの道と繋がり商店街として栄えました。
ここから下の写真が旧街道にある建物、重厚な趣の建物が残る宿場町の面影を残す通りです。
■地図のこの色の一帯
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元豊臣秀吉のお休み処(枝村屋 枕流亭)。屋敷から見える川の向こうに広がる景色は素晴らしかったそうな・・。今はもう取り壊された枝村屋の母屋の往時を忍ぶ写真
「みそ」と看板に・・・
歩いているとなにか懐かしさを感じられる不思議な町です
商店街からちょっと入るとこんな場所が。昔の赤いポストと魚屋さんの店先の魚のとろ箱がなぜか懐かしい
ここから南に進むと厚狭毛利家居館跡などある殿町に入ります
駅から歩いて鴨橋を渡るとすぐ、玄米おはぎの店「もりなが松陰堂」コーヒーも飲めます。この角を曲がって奥に入ると厚狭毛利家家老が住んだ殿町、昔はメインストリートだったはず、お茶屋さん”どくだし茶”の看板が目印
大きな蔵もある今もなお続く造り酒屋さん間口も奥行きも大きな家、軒の家紋が薩摩藩?
元造り酒屋さんらしい、中は雛めぐりで公開されますこのあたりは商店街東側 町並みがとても格調高くなり秋祭りの行列が一際映える場所でもある
商店街の東端は旧山陽道厚狭宿の面影を残しています。ここは原木染物店加藤交差点側から入ってすぐのなまこ壁の家


枝道/加藤小路界隈地図のこの色の一帯 地図に戻る

国道が開通する前は繋がっていた・・そんな名残の道が商店街から続いている
北にある伊佐方面に向かう道
商店街から国道を挟んだ加藤小路に入ると、立派な蔵の醤油屋がある。 百済の聖王の妃が厚狭に流れ着いた時随行員の家系として大内家の家臣に。大内家滅亡の後、毛利家に仕えず帰農して平民になったと言われる茅壁家(左の家も茅壁家です)。




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